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1992年(平成4年)ドラフト会議 〜ドラフト概要〜


ヤクルト 広島 横浜 阪神 中日 読売 ドラフト概要
近鉄 ロッテ オリックス 西武 日本ハム ダイエー 選択方法



この年のドラフトの目玉は甲子園を沸かせた怪物スラッガー・松井秀喜(星稜高)。また凍結選手としてドラフト指名対象外だった伊藤智仁(三菱自動車京都)や小桧山雅仁(日本石油)などのバルセロナ五輪日本代表メンバーが解禁となり、どこに指名されるか注目された。


●甲子園の怪物・松井秀喜(星稜高)に四球団が競合
星稜高の四番打者として、高校1年夏2年夏、3年春と、合計四回甲子園へ出場。高校3年春のセンバツ大会で3本のホームランを打ち「怪物」と騒がれたが、それよりも夏の甲子園・明徳義塾戦での5打席5敬遠の方が話題になった。9回には怒ったスタンドのファンが物を投げ込み試合中断。抗議の電話も殺到、緊急事態とみた高野連・牧野会長は、試合後、異例の記者会見を行なった。

【1992年 夏の甲子園2回戦】
星  稜 001 010 000|2
明徳義塾 021 000 00X|3

★松井の五連続敬遠内訳
 一回、二死三塁。
 三回、一死二、三塁。
 五回、一死一塁。
 七回、二死走者なし。
 九回、二死三塁。


当時、リアルタイムで観戦していた小生だが、さすがに7回の走者なしでの敬遠は驚いた。

★試合後のコメント(1992年8月18日のスポニチより)

「高校野球だから勝負してほしかった。甲子園というのは男と男が勝負するところだと選手に教えてきた。悔いが残るゲームになった」(星稜・山下監督)

「敬遠は勝つための作戦で、全部私が指示した。松井君の後の打者の力を考えたら敬遠しかなかった。(帰れコールは)つらかった」(明徳義塾・馬渕監督)

「作戦として敬遠することはあるが無走者のときには勝負してほしかった。お互い苦しい練習をしてきた。その分を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか」(日本高野連・牧野会長)

ドラフト会議では、中日、ダイエー、阪神、巨人が競合し、抽選の結果、巨人が交渉権を獲得。入団二年目に定位置の座をつかみ、巨人の主砲として活躍した。本塁打王、打点王、首位打者などのタイトルを獲得。

社会問題までに発展した明徳義塾戦での五連続敬遠を、「あれが松井秀喜を伝説にしてくれた」と語る松井は、2003年よりメジャーへ移籍。


●バルセロナ五輪のエース・伊藤智仁(三菱自動車京都)に三球団競合
花園高〜三菱自動車京都。高校時代は2年生秋の京都大会で優勝し近畿大会に出場するが、元木(巨人)、種田(中日)の上宮に敗退し、甲子園出場なし。社会人野球で力をつけ、バルセロナ五輪日本代表のエースとして、銅メダル獲得に貢献。

ドラフト会議では、広島、オリックス、ヤクルトの三球団に指名され抽選によりヤクルトへ。球団史上初の1億円ルーキーとして話題になった。プロでは高速スライダーを武器に、入団1年目、7勝2敗、防御率0.91の好成績をあげ、新人王のタイトルを獲得した。


●3年前の甲子園で活躍した大越基をダイエーが指名
仙台育英〜早大中退〜1Aサリナス。高校時代は春夏甲子園へ出場。高3年夏の甲子園では大会1投手の前評判通りの活躍で、大西(中日)・吉鶴(ロッテ)の鹿児島商工高、元木(巨人)・種田(中日)の上宮高、谷(オリックス)・宮地(西武)の尽誠学園高を破り、決勝戦へ進出。決勝戦は吉岡(巨人)の帝京高と対戦し、延長10回の熱戦の末敗れ、東北勢悲願の優勝旗の白河越えはならなかった。

高校卒業後は、「オリンピック出場」の夢を叶えるため、早稲田大へ進学。1年春から登板し、リーグ優勝に貢献するも、野球部の体質が肌に合わず、2年で中退。しかし野球への情熱を捨てきれず、アメリカに渡り大リーガーを目指していた。プロでは投手としてはぱっとせず、外野手転向


●2年前のドラフト会議でロッテ拒否の小池秀郎(松下電器)は近鉄へ
信州工高〜亜細亜大〜松下電器。亜細亜大では関(専修大〜ロッテ)のもつ1シーズン81奪三振の東都大学野球記録を更新する111奪三振を記録。1990年ドラフト会議で8球団に指名され、抽選の末、ロッテが交渉権を獲得するが拒否。松下電器へ入社し、今回のドラフト会議を待った。社会人では故障続きでプロの評価はガタッと落ちたが、近鉄に1位指名され入団。

プロでは、1997年に15勝をマークし、最多勝を獲得。2000年より中日へ。2001年のシーズンオフに自由契約。テストを受け、2002年より古巣の近鉄へ


●その他、指名された主な選手は
小さな体から快打を連発する真中満(ヤクルト3位)、意外性のある男・佐伯貴弘(横浜2位)、1998年に防御率1位になった野口茂樹(中日3位)、イブシ銀の持ち味・大島公一(近鉄5位)、右のエース格・小林宏(オリックス1位)、1996年セーブ王の成本年秀(ロッテ2位)らが指名された。





1992年(平成4年)ドラフト会議の結果


ヤクルト
1位 伊藤 智仁 三菱自動車京都 投手
2位 住友 健人 鳴門高 内野手
3位 真中 満 日本大 外野手
4位 山本 樹 竜谷大 投手
5位 鈴木 浩文 早稲田大 内野手
6位 古沢 淳 明治大 外野手
7位 小倉 恒 全足利 投手
8位 清水 千曲 創価高 外野手
プロ入り後の成績

西武
1位 杉山 賢人 東芝 投手
2位 前田 勝宏 プリンスホテル 投手
3位 豊田 清 同朋大 投手
4位 黒田 哲史 村野工高 内野手
5位 坂本 竜一 日大鶴ヶ丘高 投手
6位 田原 晃司 泉州高 捕手
7位 石井 伸幸 藤枝明誠高 投手
プロ入り後の成績



巨人
1位 松井 秀喜 星稜高 内野手
2位 門奈 哲寛 日本大 投手
3位 西山 一宇 NTT四国 投手
4位 木村 龍冶 青山学院大 投手
5位 村田 善則 佐世保実高 捕手
プロ入り後の成績

近鉄
1位 小池 秀郎 松下電器 投手
2位 吉田 道 東海大相模高 投手
3位 内匠 政博 日本生命 外野手
4位 衣川 幸夫 育英高 捕手
5位 大島 公一 日本生命 内野手
6位 渕脇 芳行 大阪桐蔭高 内野手
7位 久保 充広 近大付高 捕手
プロ入り後の成績



阪神
1位 安達 智次郎 村野工高 投手
2位 竹内 昌也 NTT東北 投手
3位 米村 和樹 熊本商大付高 投手
4位 片山 大樹 徳山商高 捕手
5位 山本 幸正 堀越高 投手
6位 塩谷 和彦 神港学園高 捕手
7位 山下 和輝 プリンスホテル 外野手
8位 豊原 哲也 小倉東高 外野手
プロ入り後の成績

オリックス
1位 小林 宏 広島経済大 投手
2位 金田 政彦 日産自動車九州 投手
3位 牧野 塁 山梨学院大付高 投手
4位 関吉 雅人 砂川北高 外野手
5位 東 雅敏 日章学園高 捕手
プロ入り後の成績



広島
1位 佐藤 剛 本田技研 投手
2位 菊地原 毅 相武台高 投手
3位 鈴木 健 日本石油 投手
4位 吉本 亮 王子製紙春日井 捕手
5位 井上 浩司 専大北上高 内野手
6位 多田 昌弘 拓大紅陵高 投手
7位 池田 郁夫 花咲徳栄高 投手
8位 高橋 顕法 仙台育英高 投手
プロ入り後の成績

ダイエー
1位 大越 基 早稲田大中退 投手
2位 久保 貴裕 京都成章高 投手
3位 浜涯 泰司 九州国際大 投手
4位 佐藤 真一 たくぎん 外野手
5位 渡辺 正和 東京ガス 投手
プロ入り後の成績



横浜
1位 小桧山 雅仁 日本石油 投手
2位 佐伯 貴弘 大阪商大 外野手
3位 五十嵐 英樹 三菱重工神戸 投手
4位 金村 康平 九州学院高 捕手
5位 戸叶 尚 佐野商高 投手
6位 吉井 晃 たくぎん 投手
7位 田中 敏昭 峰山高 投手
プロ入り後の成績

日本ハム
1位 山原 和敏 川崎製鉄水島 投手
2位 松田 慎司 西濃運輸 投手
3位 今関 勝 NTT東京 投手
4位 田口 昌徳 駒沢大 捕手
5位 西浦 克拓 上宮高 内野手
プロ入り後の成績



中日
1位 佐藤 秀樹 三菱重工横浜 投手
2位 鶴田 泰 駒沢大 投手
3位 野口 茂樹 丹原高 投手
4位 吉鶴 憲治 トヨタ自動車 捕手
5位 伊礼 忠彦 九州共立大 外野手
6位 古池 拓一 松下電器 投手
7位 神野 純一 愛知工大 内野手
プロ入り後の成績

ロッテ
1位 武藤 潤一郎 プリンスホテル 投手
2位 成本 年秀 大阪ガス 投手
3位 和田 孝志 東洋大 投手
4位 干場 崇永 三菱重工名古屋 投手
5位 森岡 裕之 近大付高 投手
6位 安藤 学 いすゞ自動車 外野手
プロ入り後の成績





1992年(平成4年)ってどんな年?
日本レコード大賞 米米CLUB「君がいるだけで」
大月みやこ「白い海峡」
最優秀新人賞 永井みゆき「大阪すずめ」
小野正利「You're the only…」
世相や流行 バルセロナ五輪で岩崎恭子ら金メダル3個
流行言葉 ほめ殺し セックスレス どたキャン コケちゃいました
社会の出来事 佐川急便事件 PKO協力法案成立
プロ野球の優勝チーム セ:ヤクルト69勝61敗1引 パ:西武80勝47敗3引
プロ野球の最優秀選手 セ:ハウエル(ヤクルト) パ:石井丈裕(西武)
春の甲子園優勝校 帝京(バッテリー:三沢−菱田)
夏の甲子園優勝校 西日本短大付(バッテリー:森尾−西原)