ホーム > ドラフト制度の変遷
1965年(昭和40年)ドラフト会議 〜選択方法〜


サンケイ 広島 大洋 阪神 中日 読売 ドラフト概要
近鉄 東京 阪急 西鉄 東映 南海 選択方法



1965年ドラフト会議は…
12球団はドラフト会議の一週間前までに、30人の交渉希望選手のリストをコミッショナー事務局に提出する。リストは欲しい選手順に、1位から12位まで順位をつけ、残る18人にはランクをつけない。

選択方法は、「一次選択」と「二次選択」に分かれる。



一次選択
一次選択は欲しい順に順位をつけた12人が対象。

順位1位でダブらなかったら確定。順位1位でダブった場合、そのダブった球団同士で抽選を行なう。確定した選手は、今でいうドラフト1位となる。


表は一次選択の希望選手名簿
   近鉄 サンケイ 東京 広島 阪急 大洋 西鉄 阪神 東映 中日 南海 巨人
1 田端 森安 大塚 田端 長池 岡 浜村 石床 森安 豊永 牧 堀内
2 木樽 河本 長池 佐野 白石 牧 加藤 牧 堀内 田端 長池 林
3 堀内 山本 田端 鎌田 斉藤 森安 吉岡 森安 牧 木樽 木樽 浜村
4 森安 鈴木 新宅 白石 住友 堀内 田中 河本 木樽 長池   木樽
5 田中 淵上 嵯峨野 大塚 林 木樽 吉原 浜村 広畑 広野   加藤
6 藤田 久野 真崎 牧 田端 新宅 塩谷 鈴木 三田 鎌田   豊永
7 阿天坊 林 牧 豊永 森安 渕上 久木田 藤田 久野 堀内 藤田 田端
8 浜村 牧 林 長井 山本 豊永 少弐 阿天坊 白石 浜口 栗崎 広瀬
9 浜口 田端 藤田 堀内 河本 浜村 坂元 石井 田端 藤田 田端 才所
10 長池 浜村 佐藤 木樽 飯田 飯田 田端 北角 鈴木 阿天坊 鎌田 広野
11 鎌田 堀内 広瀬 鈴木 谷沢 浜口 江本 岡村 浜村 林 鈴木 長池
12 飯田 平野 堀内 新宅 小田 加藤 森安 大塚 阿天坊 高岡   新宅
  は確定選手(ドラフト1位)

重複選手
森安 敏明(関西高)=サンケイ、東映
田端 謙二郎(電電九州)=近鉄、広島

森安と田端が重複し、抽選により東映と近鉄がそれぞれ交渉権を獲得。抽選に外れたサンケイと広島は、希望選手名簿の2番目の選手がドラフト1位となる。



二次選択
二次選択はランクをつけてない残りの18人と、一次選択希望選手名簿に載りながら指名漏れした選手が対象で、ウエーバー方式によって選択が行なわれた。
矢印は指名順。偶数位は近鉄がトップ。奇数位は巨人がトップ。7位以下はその繰り返し。

   ドラフト2位 ドラフト3位 ドラフト4位 ドラフト5位 ドラフト6位
近鉄 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
サンケイ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
東京 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
広島 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
阪急 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
大洋 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
西鉄 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
阪神 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
東映 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
中日 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
南海 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
巨人 ↓ ↑ ↓ ↑ ↓