【YouTube動画・1992年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜松井秀喜(星稜)は5打席連続敬遠〜


■1992年夏の全国高校野球選手権大会・2回戦
星  稜 001 010 000|2
明徳義塾 021 000 00X|3

怪物スラッガー・松井秀喜は5打席連続敬遠・・・。
9回には怒ったスタンドのファンが物を投げ込み試合中断。抗議の電話も殺到、緊急事態とみた高野連・牧野会長は、試合後、異例の記者会見を行なった。


★松井の五連続敬遠内訳
一回、二死三塁。
三回、一死二、三塁。
五回、一死一塁。
七回、二死走者なし。
九回、二死三塁。


★試合後のコメント(1992年8月18日のスポニチより)
「高校野球だから勝負してほしかった。甲子園というのは男と男が勝負するところだと選手に教えてきた。悔いが残るゲームになった」(星稜・山下監督)

「敬遠は勝つための作戦で、全部私が指示した。松井君の後の打者の力を考えたら敬遠しかなかった。(帰れコールは)つらかった」(明徳義塾・馬渕監督)

「作戦として敬遠することはあるが無走者のときには勝負してほしかった。お互い苦しい練習をしてきた。その分を思い切りぶつけ合うのが高校野球ではないか」(日本高野連・牧野会長)

  

ドラフト会議では、中日、ダイエー、阪神、巨人が競合し、抽選の結果、巨人が交渉権を獲得。入団1年目に57試合出場し、11本塁打。二年目に定位置の座をつかみ、巨人の主砲として活躍。本塁打王、打点王、首位打者などのタイトルを獲得。

社会問題までに発展した明徳義塾戦での五連続敬遠を、「あれが松井秀喜を伝説にしてくれた」と語る松井は、2003年よりメジャーへ移籍。