| 【YouTube動画・1987年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達 |
| 〜川島堅(東亜学園)のピッチング〜 ■1987年夏の選手権大会・2回戦
【東】川島−副島 【金】岡本−山田裕 1987年夏の甲子園で、大会ナンバーワン投手と称された川島堅(東亜学園)。準決勝まで勝ち進み、プロの評価はうなぎ上りになった。 1987年8月のスポーツニッポンより ネット裏にちらばったスカウトが手のひら大のエンマ帳「川島堅」の項に書き込んだ印は三重丸だけだ。「素材ならどこの球団のスカウトに聞いてもトップクラスだろう」とロッテ・高見沢スカウト。「腕の柔らかさ、バランスのとれた投球フォーム。これだけの投手はめったに出ない。下半身を鍛えあげれば、すばらしい投手になる」とベタボメだった。 大洋・若生取締役スカウト部長は「まちがいなくドラフトは1位指名で消えるはず」と、真剣なまなざしでマウンドを見る。ノドから手が出るほどほしい、即戦力の投手だ。 「ウチではずっと前からトップ候補です。140キロをコンスタントに投げる投手はプロにもそうざらにいない」(近鉄・石渡スカウト)。まだまだ絶賛の声は続く。「今年の全投手を見渡しても何人もいない即戦力の中でもピカイチ」(広島・渡辺スカウト) 西武・宮原スカウトは「ウーン。この次ね」と足早に帰った。手の内は見せられない、そんな態度だ。 担当スカウトばかりではなかった。広島・野崎、西武・根本と昨年日本シリーズの覇を競った両チームの首脳までが甲子園に足を運んでいる。川島の周囲はにわかにエキサイトし始めた。 ドラフト会議では阪神、近鉄、広島の三球団が1位指名し、抽選により広島へ。 プロでは2年目の4月29日・阪神戦で見事、完投勝利。しかし高校時代の過度の連投が原因か、1990年、肘の軟骨剥離でシーズンオフに手術するなど故障に苦しみ、大成せずに終わった。 引退後は柔道整復師の資格を取得。2001年より武蔵境中央整骨院の院長。2007年9月より独立し、一橋接骨院を開業。
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