【YouTube動画・1984年春の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜桑田(PL学園・2年)、春のセンバツ決勝戦での投球〜


■1984年春のセンバツ大会・決勝戦
PL学園 000 000 000|0
岩 倉 000 000 01X|1
(P)桑田−清水
(岩)山口−浅見


動画は、桑田、2年生春のピッチング。味方の援護なく、この大会は準優勝に終わるも、翌年の夏、PL学園を優勝に導いた。

甲子園で大活躍した桑田だが、早稲田大進学が決定的でプロ入りは100%ないものだと思われていた。一方、チームメートの清原は巨人を熱望し、「巨人の1位指名は清原で決まり」と各紙で報じられていた。

しかしフタを開けると清原を1位入札したのは、南海、日本ハム、中日、近鉄、西武、阪神の6球団。巨人は清原ではなく、桑田を入札1位指名。

大好きな巨人に指名されず、ドラフト後の記者会見で人目を憚らず涙を流した清原に、世間は同情し、巨人に批判が集まった。

当時の新聞より
「巨人が和博を必要としなかった。本人もショックをうけている。西武のことはあとで…」(清原の御両親)、「清原と桑田の純情な気持ちを大人が壊してしまった。巨人が私のところにきても会う気はない」(PL学園・監督)、「あれだけ早稲田大に行きますと言ったのだから、好きな球団に指名され早稲田に行くのはやめますでは情けない。裏取引はないと思いたいが…。桑田君がうちに来ることを信じて、24日の教育学部の特別選抜試験を待つだけです」(早大・監督)



ドラフトではすったもんだでイメージを損ねた桑田だが、プロでは入団2年目に15勝をマーク。巨人の若きエースとして活躍した。

一方、岩倉のエース・山口重幸投手は1984年ドラフト6位で阪神に入団。プロ入り後、野手に転向した。目立った数字は残してないが、強肩を生かした内野守備に定評があった。