【YouTube動画・1982年春の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜荒木大輔(早稲田実)のピッチング〜


 甲子園が生んだスーパーアイドル・荒木大輔。

調布リトルでノーヒットノーラン5回、小学6年でリトル世界制覇を達成。早稲田実業高では、高校一年夏、二年春、二年夏、三年春、三年夏と、全ての甲子園へ出場する快挙を成し遂げた。

高校時代の人気はアイドルスターなみで、早稲田実高の試合があると彼を見たさに、甲子園ギャルがどっと押し寄せた。

早稲田実高の後輩にあたる「ハンカチ王子」こと斉藤佑樹の人気も凄かったが、人気だけだったら「大ちゃん」こと荒木大輔も互角か、それ以上だったろう。

 早稲田大進学希望のためプロ拒否を表明するが、プロがこの人気の高さをほっとくわけがなく、ドラフト会議では巨人とヤクルトが1位指名し、抽選によりヤクルトへ入団。

プロでは1年目、5月19日の阪神戦で初勝利をマーク。1986年〜1987年と2年連続でヤクルトの開幕投手を務めた。

 ヤクルトの若きエースとしてローテーションの一角を担っていたが、高校時代の過度の連投が原因か故障に悩まされた。1988年シーズン中に右肱を痛め、アメリカで二度の移植手術。さらに1991年には椎間板ヘルニアになり、現役続行が危ぶまれた。

しかし、1992年シーズン終盤に奇跡のカムバック。この年は8勝をマーク。荒木復帰でヤクルトは大いに盛り上がり、14年ぶりの優勝を遂げた。

1996年に現役引退。通算成績は39勝49敗 2S。故障がなければもっと勝ち星をあげることができだろう。「記録」よりも「記憶」に残る選手。

2004年より西武の投手コーチ。