【YouTube動画・1982年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜畠山準(池田)のピッチング〜


■1982年夏の選手権大会・決勝戦
池  田 600 015 000|12
広 島 商 001 001 000|2

【池】畠山−山下
【広】池本、工、田中−佐々木圭



この大会、畠山準(池田)は高校生離れした重い速球で池田を優勝に導いた。打者としても優秀でチームの主軸を打ち、3番江上(2年)、4番畠山、5番水野(2年・翌年エース)と続く打線は、「やまびこ打線」とよばれ、他校に恐れられた。

同年、ドラフト会議で南海に1位指名され入団。

プロでは入団2年目にローテーション入り。153回投げて5勝12敗0セーブ、防御率4.24。しかしそれ以降伸び悩み、5年目に野手転向。

1988年8月28日の近鉄戦で初安打初本塁打を放つも、1990年、ダイエーを自由契約。

その後、拾ってもらった大洋で打者としての素質を開花させ、1993年にはレギュラーポジションを獲得。苦労が実り、同年、オールスターゲームに監督推薦で出場した。

偶然にもそのオールスターゲームのゲスト解説は、ダイエー時代に畠山を切り捨てた田淵氏(元ダイエー監督)。田淵氏の「私に見る目がありませんでした」はあまりにも有名だが、オールスターゲームの晴れ舞台で見返すことができた。


池田スタメン 広島商スタメン
1番 (二)窪
2番 (中)多田
3番 (右)江上
4番 (投)畠山 82南海1位
5番 (左)水野 83巨人1位
6番 (一)宮本
7番 (捕)山下
8番 (三)木下
9番 (遊)山口
  1番 (遊)豊田
2番 (右)林
3番 (三)正路
4番 (一)久山
5番 (捕)佐々木圭
6番 (左)甲村
7番 (二)小田
8番 (中)相島
9番 (投)池本