【YouTube動画・1981年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜工藤公康(名古屋電気)のピッチング〜


■1981年夏の全国高校野球選手権大会・2回戦
名古屋電気 010 001 002|4
長 崎 西 000 000 000|0

【名】工藤−山本
【長】小阪−野下


 工藤公康は名古屋電気高(現・愛工大名電高)のエースとして、高校3年夏の甲子園に出場。

左から投げ下ろす速球と落差のあるカーブを武器に、初戦の長崎西高戦でノーヒットノーランを達成。続く3回戦では高木宣宏(1981広島3位)の北陽高と対戦し、延長12回を一人で投げ抜き、被安打4、奪三振21のナイスピッチング。

準決勝で金村義明(1981近鉄1位)の報徳学園高に敗れたものの、4試合で合計56個の三振を奪い、大会ナンバーワン左腕と称された。

間違いなくドラフト1位級の器であるが、社会人・熊谷組に内定済みでプロ拒否宣言。ドラフト会議での指名はないものと思われたが、ドラフト6位で西武があっと驚く強行指名。当然入団交渉は難航したが、粘り強い交渉の末入団。

プロでの活躍は周知の通りで、最優秀防御率4回、MVPに2回輝くなど数々のタイトルを受賞。優勝請負人の異名をもつ。

 一方、高校時代の女房役・山本幸二捕手(名古屋電気高)は巨人ドラフト2位入団。「将来は槙原(大府高→1981巨人1位)―山本の黄金バッテリー」と期待が大きかったが、一軍で実績を上げることはできなかった。
プロ通算成績は、43試合出場、16安打、2本塁打、打率.235。

 その他、この年の名古屋電気高は好素材の選手が多く、遊撃手の中村稔、二塁手の高橋雅裕もプロ入りした。

高橋雅裕は1982年ドラフト会議で大洋4位入団。古葉監督時代に頭角を現し、ショートのレギュラーを獲得。甘いマスクも手伝い、大洋の人気選手として活躍した。引退後は楽天、ロッテ、横浜でコーチを務める。


名古屋電気スタメン 長崎西スタメン
1番 (遊)中村 81日本ハム3位
2番 (二)高橋 82大洋4位
3番 (一)吉岡
4番 (捕)山本 81巨人2位
5番 (投)工藤 81西武6位
6番 (三)佐藤
7番 (左)上田
8番 (中)寺島
9番 (右)中井
  1番 (遊)江頭
2番 (中)吉岡
3番 (捕)野下
4番 (一)萩
5番 (右)松尾哲
6番 (投)小阪
7番 (左)田中恒
8番 (三)渡辺
9番 (二)別宮