【YouTube動画・1979年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜延長18回の死闘、石井・嶋田(箕島)VS音・北(星稜)〜


■1979年夏の全国高校野球選手権大会・3回戦
星  稜 000 100 000 001 000 100|3
箕  島 000 100 000 001 000 101|4
(延長18回サヨナラ)

【星】堅田−川井
【箕】石井−嶋田


 延長18回の死闘・・・。この試合、30年近く時が過ぎた今でも高校野球ファンの語り草となっている。また両校には有望選手が多くいて、5人の選手がプロ入りした。

 まずは下手投げの石井毅(箕島)。1978年から4季連続で甲子園出場。1979年は甲子園春夏連覇の偉業を達成した。高校卒業後は捕手の嶋田宗彦とともに住友金属へ入社。社会人では橋戸賞を受賞するなどの活躍で、都市対抗優勝に貢献した。

1982年ドラフト会議で西武3位入団。プロでは持病のヘルニアが原因で突然の引退。在籍期間は短かった。引退後は故郷・有田市でみかん販売などをてがけ、現在は「木村竹志」に改名し、和歌山スポーツアカデミーの理事長。


 次に箕島の一番バッター・嶋田宗彦(箕島)。
この星稜戦では延長12回裏、起死回生の同点本塁打を放った。高校卒業後は投手の石井とともに住友金属へ入社。1984年にはロス五輪代表メンバーに選出され、同年ドラフト会議で阪神4位入団。

プロでは1年目にいきなり日本一を経験。169cmの小さな体ながらファイト溢れるプレイで、一時はレギュラーとして活躍した。

 一方、この試合に敗れた星稜高からは、音重鎮と北安博の2名がプロ入りした。音重鎮(星稜)は名古屋商大〜新日鉄名古屋を経て、1987年ドラフト会議で中日5位入団。1991年に広島へ移籍。守備の名手として知られ、1995年にはゴールデングラブ賞を受賞した。

北安博(星稜)は1979年ドラフト会議で大洋に4位入団。1986年にはイースタンリーグで盗塁王に輝くなど俊足がウリの選手だったが、一軍では実績を上げることができなかった。


星稜スタメン 箕島スタメン
1番 (一)加藤
2番 (左)金戸
3番 (遊)北 79大洋4位
4番 (捕)川井
5番 (投)堅田
6番 (右)音 87中日5位
7番 (中)山下
8番 (二)石黒
9番 (三)若狭
  1番 (捕)嶋田 84阪神4位
2番 (左)宮本
3番 (二)上野山
4番 (一)北野
5番 (遊)上野 79巨人4位
6番 (中)森川
7番 (右)久保
8番 (三)榎本
9番 (投)石井 82西武3位