【YouTube動画・1974年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜篠塚利夫(銚子商・2年)のバッティング〜


■1974年夏の全国高校野球大会・決勝戦
防 府 商 000 000 000|0
銚 子 商 000 006 01X|7

【防】井神、小山−桧垣
【銚】土屋−太田


この大会、篠塚利夫(銚子商・2年)は2本のホームランを放つなど大活躍で、銚子商の優勝に大いに貢献した。1974年は金属バットが解禁された年だが、ただ一人木製バットを使用し、それでいて2本塁打は恐れ入る。

順風満帆に野球人生を歩むも、翌年の高校3年秋、ろく膜炎を患い野球生命の危機に陥った。医師からは「ここ1年間、過激な運動はダメだ」と釘を刺された。

そのため、「プロは無理だろう」というのが当時の一般的な意見で、ドラフト会議での指名はないものだと予想されたが、マスコミ各社もあっと驚く巨人1位指名。

たまたま遠征先のテレビで高校野球中継をみて、その素質の高さに惚れた当時の長嶋茂雄監督の強い要望があっての指名だったとか。

プロでは、1984年と1987年に首位打者を獲得。ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞を4回受賞するなど大活躍し、長嶋さんの眼力の高さが証明された。