【YouTube動画・1974年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達




〜定岡正二(鹿児島実)VS東海大相模〜


■1974年夏の全国高校野球大会・ベスト8
鹿児島実 030 000 000 000 011|5
東海大相模 200 000 001 000 010|4
(延長15回)

【鹿】定岡−尾堂
【東】伊東、村中、伊東−岩崎、山口

この試合、定岡正二は延長15回を一人で投げ抜き、18個の三振を奪う力投で、鹿児島実をベスト4に導いた。

続く準決勝の防府商戦。二塁から本塁へ突っ込んだ際の走塁で右手首を負傷し定岡は無念の退場、チームも敗退した。しかし悲劇のヒーローとなった定岡正二は甘いマスクも手伝い、女子中高生に大人気となった。

同年、ドラフト会議で巨人に1位指名され入団。プロでも高校時代の絶大な人気は衰えを知らず、1年目の自主トレで、2万人のギャルを多摩川グランドに集め長嶋監督を驚かせた。

巨人では入団6年目にローテーション入り。江川、西本と、先発3本柱を形成し活躍するも、1984年、近鉄へのトレードを拒否し、29歳の若さで引退。
通算成績は、215試合出場、51勝42敗3セーブ。

兄に定岡智秋(1971年南海3位)、弟に定岡徹久(1982年広島3位)がいる。

余談になるが、6打数0安打と完璧に定岡に抑え込まれた1番・杉山(東海大相模)は、後に福岡工大城東高の監督を務め、定岡正二の甥っ子・定岡卓摩(2004年ソフトバンク7巡目)を育てた。甥っ子のほうはわずか二年でホークスを自由契約になるなどパッとしないが、そろそろ結果を出したい。


鹿児島実スタメン 東海大相模スタメン
1番 (一)松元
2番 (右)溝田
3番 (左)井上
4番 (中)森元
5番 (捕)尾堂
6番 (遊)柳田正
7番 (三)中村光
8番 (二)中村孝
9番 (投)定岡 74巨人1位
  1番 (遊)杉山
2番 (二)原雅
3番 (一)園田
4番 (左)佐藤
5番 (三)原辰 80巨人1位
6番 (右)津末 80日本ハム外
7番 (捕)岩崎
8番 (投)伊東
9番 (中)鈴木