| 【YouTube動画・1973年夏の高校野球】 プロ入りした甲子園のヒーロー達 |
| 〜江川卓(作新学院)の甲子園〜 1973年夏の甲子園…。高校野球人気絶頂だったこの時代、日本中が怪物・江川に釘付けとなった。 1回戦、怪物・江川攻略に柳川商が見せた秘策は、バントのかまえから江川の投球タイミングにあわせてバットを引き、ヒッティングにでる「プッシュ打法」。この打法に面食らった江川は苦しむも、延長15回2−1で勝利。 続く2回戦は雨の中、銚子商・土屋(のちに中日)との投げ合いとなり、延長12回、江川は雨に濡れたボールの滑りを気にして制球が定まらず、痛恨の押し出しサヨナラ負け。 過去4度、江川と対戦経験のある斉藤監督(銚子商)は、この大会での江川を評して、「これなら普通のピッチャーです」。コメントからわかるように江川は不調だった。ちなみに初対戦の関東大会での銚子商は、江川にヒット1本に抑えられ、三振20を奪われていた。 慶応大進学の意思が固く、ドラフト会議前にプロ拒否宣言。指名順位6番目の阪急が強行指名するが、江川は阪急を拒否、希望の慶応大の受験には失敗するも法政大に進学。 ■ドラフト会議終了後の江川卓のコメント(1973年11月21日の朝日新聞より) ★阪急指名は誰に聞いたの? 「最後の授業が終わったあと、友達がラジオで聞いたと、教えてくれた。でも、指名を受けたところでボクには関係ない。もともとプロには行く気がなかったのだから。一部の新聞では巨人なら入るのでは?といわれていたので、できればパの球団ではなく、巨人に指名されてそこで断りたかった」 ★進学説の君をあえて指名した阪急をどう思うか。 「確実に入団する人を指名すればよかった。阪急は選手一人をソンしたことになる。気の毒?そんな気もする」 発言の善悪はさておき、これだけはっきり物を言う高校生は珍しい。興味を引いたのがいの一番くじをひいた大洋・矢野代表のコメントで、「一番クジで江川か山下で迷った。山下にしたのはオーナーに電話して決めた」 (注:当時のドラフトは指名順抽選制度) もしも大洋が江川でいったら江川のプロ入りはあったのだろうか。また、「ベイスターズ・山下監督」はどうなった? |